コラム
ペットロスのお話をしようと思うのですが、初回は「縫い目」についてお話したいと思います。一体全体、縫い目とペットロスがどこでつながるのでしょう?
理由はわかりません。が、わが家の犬たちは悪性リンパ腫という大病を患って、飼い主に大変な思いをさせて死ぬ、というのがパターン化していました。
こうなってしまうと近所の獣医さんではお手上げで、私の場合は大学の獣医科付属の動物病院に入院させました。
ここでは、動物が死んだ場合「解剖させてください」と言われます。
飼い主の正直な気持ちを言えば「何をいまさら」です。
しかし、解剖することが今後、病気の治療に役立つかもしれません。
また親身になって世話してくれた病院のスタッフへのせめてもの恩返しという意味でも、気持ち良く「どうぞ」と言いました。
で、解剖が済むと遺体は洗われて、飼い主に戻されます。
主な内臓はすっかり抜き取られているものの、表面上はごく普通の犬の遺体です。
ただ、ひとつ違うのは、お腹の真ん中に、縦にくっきりと縫い目が付いていることです。
お腹にジッパーの付いている動物の縫いぐるみがありますよね、あんな感じです。
さてここで、ペットロスです。
辛い闘病生活の果てにペットに死なれた飼い主の心は、精神的・肉体的、そして経済的にも、もうボロボロです。
もちろん一方では、終ったのだ、という安堵の気持ちがあることも事実ですが。
そのような時は、飼い主の心は必要以上に鋭敏になっていますから、普段なら見過ごしてしまうようなことに対して、怒りを覚えたり、反対に有難さ百倍みたいに感じてしまうのです。
そこで私の場合、「おっ」と目が行ってしまったのが、解剖から戻された犬のお腹の「縫い目」だった、という訳です。
あまりにも美しい「縫い目」でした。細かい間隔で縫われた、見事に左右対称な縫い目。
それは明日荼毘にふされる動物に対する、というよりは交通事故で傷をおった女性の顔に施されるのに相応しいような、丁寧な仕事を思わせました。
私の犬は死んだ後も大切に扱ってもらったんだなあ...。素直に嬉しかったのを覚えています。
その後、私の犬を解剖した獣医さんは、動物病院随一の縫いぐるみ職人を自認していらっしゃるということを知り、なるほど、と思わず笑ってしまいました。
患者である動物への扱いは、すなわち飼い主への敬意のバロメーターなんですね。
それは故意に演出しようと思っても出せるものではありませんし、また隠そうと思っても隠しようがありません。
以上、ペットロスと「縫い目」のお話でした。